All Entries |  Monthly Archives |  Tag Cloud |  New entry |  Up load | 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

SS 「そういう味」






おにぎりはスキ。
雪歩はあまりスキじゃない。
雪歩のことをあまりスキじゃないミキも、あまりスキじゃない。


タイトル未定


 雑居ビルが並ぶ繁華街を美希は迷い無く歩を進める。数ヶ月前までは通いなれた道、以前の同僚のように迷うことなど決してしない。それでも僅かに、その堂々とした足取りとは別に彼女の足を、思いを引きずるものが確かにあることを美希自身も感じていた。
 765プロを離れたものの、里心というものは一応に感じるらしく多くて週に一度、黒井社長はもちろん、響や貴音にも秘密でお忍びの訪問を行っている。始めこそ門前払いを受けそうなほどの剣幕を浮かべていたアイドル兼事務員の同僚も、諦めたのか呆れたのか、何だかんだでお茶菓子まで出してくれるのには口には出さないけれど、素直に感謝している。離れたからこそ理解出来るものがあると、その時初めて美希は実感した。
 居酒屋横の階段を上る。ギシギシと鉄筋造りにしては心もとない音に懐かしさを感じ始めていることは、既に自分が765プロとは違う人間だからか。ボロいドアを開いたところで考えるのを止め、最初に目に入った人間に僅かに眉をひそめた。
 あ、美希ちゃん。
 自前の急須を持ったままの雪歩がトテトテと流し場のほうから顔を出す。どうやら雪歩のほかには小鳥しかいないようで、その彼女も珍しくデスクで忙しそうにしていた。いっそのこと帰ってしまおうかとも考えたけれど、既に湯飲みをもう一つ用意している雪歩を見て渋々、ソファに腰掛ける。別に嫌がる理由なんて無いのだけれど、一応は敵対する事務所の人間の手前、と今更な言い訳を浮かべた。雪歩は雪歩で努めて明るく振舞っているつもりだけど、どこかその笑顔の薄皮一枚の先にある緊張がまた美希をイラつかせた。
 言いたいことがあるなら言えばいいのに。765プロに在籍していた頃から何かと、特に真関連で水面下でぶつかっていた二人。ケンカ別れとまではいかないけど、春香と違い着地点も見出せずに移籍してしまった美希にとって目の上のタンコブというか。とにかく早く他の人間が来て欲しいことを切に願った。
「きょ、今日はどうしたの?」
「んー? 何となくかな」
「そ、っかぁ……」
 視線はじょじょに右斜め下へ。まるでそのまま埋まってしまいそうな雪歩に、またイライラと、一思いに出てけとなり怒鳴って貰えばなんと楽なことか。無意識にこぼれ出たため息に雪歩はさらにオロオロと、こっちが怒鳴ってしまいそうだった。
 おにぎり買ってくる。背後から自分を呼ぶ雪歩の声も無視すると、美希は乱暴に階段を駆け下りた。

 先ほどの気まずい雰囲気など関係無しに晴れやかな空。美希はその空を少しだけ憎らしく思いながら、765時代によく通っていた弁当屋へ向かう。事務所から歩いて5分ほどのその店は個人経営で、よく美希も弁当の代わりにおにぎりを握って貰うなど、良くしてもらった思い出があった。
 久しぶりの味を食べればいつもの自分に戻る。それこそ、765時代の自分に戻れるかもしれない。
 だから、久しぶりに訪れたそのお店が無くなっていたのは不意打ちに近い衝撃だった。
「あ、おかえり美……」
 もしかしたら泣いていたのかもしれない。それほどに美希を見た雪歩の顔は強張っていたし、今にも掴みかかりそうな状態だったのだろう、しばらく手を止めてこちらの様子を窺っていた小鳥に気づいて美希は落ち着きを取り戻した。力なくうな垂れていると、「代わりって言ったらなんだけど」と、雪歩がお盆を差し出す。その上にはおにぎり二つ。やっと、やっと美希は笑みを浮かべた。

「そうなんだー。おじいちゃんのお店、潰れたわけじゃないんだね」
「うん」
 ソファに掛け直し、おにぎりを頬張っている間にあの店について雪歩が説明してくれた。なんでも店をたたんだ理由は店主の高齢ということで、今は息子家族と楽しく暮らしているらしい。安心すると、また雪歩が握ってくれたおにぎりも一層に美味しく感じる。
「ごめんね。具も入ってなくて」
 海苔を巻いただけの塩むすび。けれど、雪歩のそのもどかしいくらいの優しさも一緒に入っているようで、二個目に手を伸ばしながらかぶりを振った。
「ううん。雪歩のおにぎりって、気持ちも一緒に握ってくれるからすっごい美味しいよ」
「きもち?」
「うん。他の料理はよく分かんないけど、おにぎりだけはミキでも分かるよ。このおにぎりは、ちゃんと美味しくなあれって思いながら握ってくれたんだなって」
 ポカンとした顔。美希にとっては分かりやすく説明したつもりでも流石に雪歩には難しい。とにかくおにぎりが美味しいってことは伝わり、二拍ほどズレて顔を赤らめた雪歩はゆっくりと、美希の頬に手を伸ばした。

[ここに絵が入ります]

「……うん。美味しいね」
 今度は美希が顔を赤らめながらも、「でしょ?」と、満面の笑みを浮かべた。
 おにぎりを食べ終え、美希はソファから立ち上がる。これ以上は長居していられないと雪歩に伝えると、少し寂しそうに彼女は微笑んだ。
 事務所を出る直前、雪歩の言葉は忘れっぽい美希にもそうそう忘れられないものだった。

 美希ちゃんに嫌われてると思った。だけど、今度は大好きなライバルとして頑張ろうね。

 力強く頷くと、訪れたときの胸のモヤモヤは晴れていた。代わりに、自分の居場所が765からは段々と無くなっている寂しさを覚える。そして、それでも構わないとまた大きく笑った。



fin





おまけ
真「あれ? 小鳥さんどうしました?」
小鳥「いやー、イイもん見せてもらったばい……」
真「……」


管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。