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SS 「や」







 今度は負けないからなー! おぼえてろー!
 なんとも威勢の良い捨て台詞と共に我那覇響は事務所から出て行った。バタン、と勢い良く閉まったドアを見送って菊地真はひとつ、息を吐いた。
 961勢のアイドルが765に移籍したからといって、何かが大きく変わることはなかったが、真はやや響の存在に辟易していた。事務所同士で対立していた頃も何かとぶつかっていたが、事務所で顔を合わせる度になにかしら理由をつけては勝負だ何だと絡んでくるのは正直、面倒に感じることも多かった。
 WINと映ったままのゲーム画面を切り、ソファへと身を埋める。それほど心地よくない、平坦な感触もどこか、今の自身の気持ちを代弁しているようでうざったい。赤外線式のコントローラーを両手から離すと、意外と熱中していたのか、掌に感じる熱が冷えていくのが分かった。この年になってゲームひとつであそこまで熱くなれるのは一種の才能かもしれない。それは真も同様なのだが、芸能界に入ってからこっち、そういうことを棚に上げることばかり上手くなっている気がする。どうしてもテレビのリモコンが見つからず、直接、テレビの電源に手を伸ばすとブラウン管の静電気がパチリと、陰鬱とした気持ちに喝を入れてくれているようだった。

「またゲームしてたの? 好きだよねー」

 先ほどから給湯室にこもっていた春香が顔を覗かせるなり一言。ただの感想も今の真には妙にトゲついていて、「いいじゃん」と返すと、「そうだね」と春香は苦笑する。パンダのアップリケが可愛いミトンの手には焼きあがったばかりのクッキー。ふんわりと香ばしい匂いが部屋に広がり、小鳥が鼻歌交じりにお茶を用意し始めるのを真はソファの上で眺めていた。天井に視線を移して、刺々しい感情ごと息を吐き出す。クッキーの甘い匂いの中に溶けていくのを感じて、自分でも現金だなあと、真はソファから立ち上がった。
 小鳥や他の女子社員が春香のクッキーを囲む中に真も入っていく。クッキーを中心にして色とりどりのお菓子が味気ないデスクを飾りつけ、女性の華やかなオフタイムはそうして始まった。男性社員が羨ましいのか、チラチラと視線を送ってくるのがいつも妙におかしくて、真はこの時間が大好きだった。

「そういえば今日は真、お休みじゃないっけ?」
「うん。でも、家にいるよりこっちの方が楽しいし」

 春香が作った焼きたてのクッキーはふんわりサクサクでとても美味しい。また腕をあげたな、と口には出さないけれど真は満足げにそれを頬張る。春香が真の方を向いてしたり顔で笑っているのに気づいて慌てて引っ込めると、春香はやっぱり意地悪く笑って見せた。むぅ、と口を尖らせれば対面の小鳥が妙に鼻息を荒くしているのに気づいてやっぱりそれも引っ込めた。
 女性のお喋りなんてとりとめのないもの。このマフィンみたいにフワフワしてて、甘かったり苦かったりってコロコロ変わる。ちょうど、社長の奇行が話題にのぼったところで隣の彼女が「ねえねえ」と顔を寄せてきた。以前、真の顔が近いと云々なんて口走ったくせに、こういうところは妙にガードが甘いというか、こういうところがきっと可愛いんだろうと、真は勝手に結論づける。

「響ってよく真に絡んでくるよねー」
「そうだね」

 いまいち春香の真意が掴めないまま、真は新しいお菓子に手を伸ばした。何かと海外のお菓子に挑戦したがる小鳥が仕入れてきたものを口に運ぶ。何かしょっぱいんだか甘いんだかよく分からない味に顔をしかめていると、春香は「響のこと、好き?」なんて言い出した。
 はぁっ? と言った後でやっと、口の中が粉もので一杯だったことを思い出したものの、もう遅かった。
 突然の質問に思わずむせてしまい、なぜか図星のような態度になってしまったと、慌ててお茶を飲み干している間に真は思う。ふいに浮かぶ、先ほどまでゲームに夢中になっていた友人の顔。「好きかと言われればそうだけど」と、真は前置きをしてから返した。

「友達としてね。でも、やけにうるさいし何も考えてない感じだし」
「ふーん」

 自分の言ったことがまるで自分にも返ってくるのを考えないようにしながら、真は春香を見る。相変わらず意地が悪いというか、こういう時の春香は年下のくせに扱いづらいったらありゃしない。真は春香の言葉を待った。
 そして、待ったことを後悔した。

「じゃあ、響のこと、取っちゃって良い?」

 なんでこう自分の友人はこんな厄介なのだろう。あんまり単純すぎてもアレだけど、と改めて響の顔が浮かぶのを必死に端にやっていた。
 妙な間。ん? と可愛く首を傾げる彼女が憎たらしい。
 どうせ、答えなんて決まってる。

「や」

 ハッキリと突っぱねてみせる。まん丸に目を開いた春香はそのまま停止。ああもう恥ずかしい、と真は真っ赤になりながら新しいお菓子に手を伸ばす。チラリと、文字では表現しにくい顔をしている小鳥が見えたけれどそれは無視することにした。
 まん丸お目目のままの春香に、なにか? と言わんばかりの真。
 しばらくして復活した彼女は、「だよねえ」と笑った。




おわり

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