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彩りのまえに 3


 ねえねえ、貴方はご存知?
 そんな枕で始まる話はいつだってフワフワと、年頃の女の子にとって美味しそうなケーキのようだ。

 盤女の生徒の中で、黒いタイツを履く意味を。貴方はご存知かしら?
 いいえ、知らないわ。ただのオシャレじゃないの?
 ううん、あれは黒脚(くろあし)。悲しんでるのよ。
 悲しんでる? どういう意味かしら。
 ええ、それはね―――。

「遠くへ行ってしまったお姉さまを今でも想い焦がれてる、そんな想いの表れなのぉ。ってねえ」
 アワラレ? と繰り返す美希を無視して、りんは意地の悪い笑みを浮かべる。彼女の機嫌の良い証拠だ。
 二人は資料棟の特別室といわれる、当時の面影を残す部屋の掃除を言いつけられていた。この土地の有力者の邸宅を改築したという資料棟は、開校当時はそのまま校舎として使用されていたという。さすがに勉学の場にまで応用するのは難しかったらしく、翌月には現在も本校舎として使われている学び舎が建てられた、とガラス越しの年表は語っている。はたしてこんなところで勉強は出来てたのか甚だ疑わしいが、箔付けという意味合いではここはぴったりの場所なのだろう。
 おっかないシスターの目を盗んでのお喋りは楽しくてしょうがない。大正期からあるであろう時代がかったテーブルや椅子といった調度品が置かれた、十畳ほどの空間。えんじ色のカーペットが敷き詰められ、格子窓から入る光がキラキラと乱反射してとってもキレイ。来賓用の部屋だと書いていたけれど、今は私達のものなのよ、なんて。
 雪歩に迫られた次の日から、美希はこの学校の彼女のことについて調べることにした。その中で、黒いタイツに包まれた脚にまつわる話を耳にする。黒いタイツに脚を通すことはこの学校では特別な意味を持つの、とクラスの友人たちから忘れたくても忘れられないほど、たっぷりと教え込まれたことは美希にとってあまり良い記憶ではない。
 学園が一度目の戦争を潜り抜け、再びの戦争に殺気だっていた頃、ある三年の女生徒と一年の女生徒が恋に落ちた。同姓の上に三年生の先輩は卒業はおろか許婚との結婚も控えたお嬢様。一般生徒でしかない一年生との恋はそれこそ、人目を忍んで育まれた禁断の恋の花。それでも時間が過ぎれば、別れが訪れてもその痛みが癒えるのもまた事実。けれど運命はなんて残酷なんでしょう。卒業を目の前にお姉さまは事故で帰らぬ人に。悲しむ親族、友人を尻目に恋人の女生徒は涙を流すことなくその三年間、お姉さまが褒めてくれた黒い脚を貫き通したとか。
 黒脚(くろあし)は去ってしまった先輩(おねえさま)への餞(はなむけ)、弔いなの。
 伝統という言葉を紐解くには多くの手間を要する。主にそれはむやみやたらにブランドをつける作業に他ならないのだけれど、その黒い脚にも悲恋や死といった、ここの校門のような厳(いかめ)しい"言われ"が鎮座していたようだ。
「要は未練がましくレズ相手を忘れられないだけでしょ。その伝説とやらもどこまで本当なのやら」
 りんも知っていたのか、なんとか説明しきった美希ごと一刀両断した。スリッパのまま、軽やかなステップで室内を掃除する彼女の脚も同様に黒いことを、美希はその時になって意識した。
「ついてでに言っておくけど、私はオシャレよ?」
 クルリと振り返り、ビシッとハタキで美希を指すりん。確かに彼女はそういった感情から遠そうに見える。美希が「うん」と、頷くと「分かればよろしい」と満足そうに掃除を再開した。
 室内用の小さい箒で掃きながら、美希は黒脚について考える。確かに生徒から聞いた話は嘘っぽい。時間が経つと共に話に尾ヒレがついていくことは、アイドルをやっていて何度も味わったからよく分かる。むしろ、りんと話している間もその話の真偽よりもその黒脚の生徒、萩原雪歩のことばかり考えていた。
 こういう時ほど考えてることがすぐに分かってしまうのは世の常なのか、いつのまにか美希の前に仁王立ちしていたりんが進路を妨げる。腰を手に置いたまま、美希にも迫る豊かな胸を反らしながら、「萩原先輩のことでしょ?」と彼女は言った。
「よくわかるね」
「そりゃ分かるわよ、そんな顔見れば。アンタみたいなのがいちいち考えたって無駄なんだから」
 ずいぶんな言い草だったが、それでもりんの言葉に美希は何も言い返さない。彼女の言ったとおり、考えること自体が苦手だということを自覚してるのに。
じゃあ、どうすればいいのか。りんに叱られるまで、美希は同じ場所を掃き続けた。


 その日は朝からりんの表情が硬かった。
 あまり人の輪の中心にいるわけでもないが、彼女に話しかけてくる友人も今は美希しかいないほど。そのワケを知る前に「ちょうど良いわ」と、りんは美希を部室まで引っ張っていく。手芸部の部室に入っても相変わらずの光景が広がっているのだけれど、唯一、あの人懐っこい声が聞こえなかった。
 キョロキョロと見回しても見えない響の姿に、りんが繋いだままの手を更に引っ張って部屋の角まで連れて行く。普段、響の定位置になっている席には響の裁縫箱だけが彼女の代わりにおさまっていた。鉄製の、ところどころ錆びているソレはずっと使っていたものなのだろう。色が剥がれて鈍色を覗かせる見かけとは裏腹に、りんが手をかけると音もなくすんなりと開く。その時になってやっと、美希はりんの行動に疑問を持った。

「開けて良いの?」
「そりゃダメよ」

 きっぱりと美希を突っ返したわりに、りんはゴソゴソと裁縫箱を漁ることをやめない。美希がワケも分からずに首を傾げること三度、更に眠気でウトウトとし始めた頃になって、りんが「あった」と美希に目的のものを突き出してきた。掌に収まる、透明のケースに美希はまた首を傾げる。
 直方体のクリアケースの中には布の切れ端が入っていた。白地に紺の刺繍が入った、ちょうど壁にかかっている響の作品と似たようなもの。
 これがなに? という美希の顔にりんは肩を落とした。「やっぱり知らないのね」と、綺麗な額に手を置くりん。勝手にがっかりされた美希は美希で面白いはずもなく、ジロジロと突き出されたままのクリアケースを覗く。そこに断片であるが、見覚えのあるものが見えた。

「あの犬みたいなの」
「そ。ちょっと厄介なことが起こってね」

 周囲の人間も二人の様子を窺っているのはなんとなく分かっていた。窺うだけで何が分かるのだろうかと美希は思うのだけれど、そういう人間もいて、それが結構多いことは最近になって分かったこと。渋い顔を見せるりんに顔を戻すと話す決心がついたのか、昨日、と口を開いたところでりんはその動きごと止めてしまう。
 直後に背中に圧し掛かる柔らかくて騒がしい感触。振り返る前に耳元で「おいーっす」と、耳がキンキンした。

「なんだよお前らー、人のものを勝手にあさるのは良くないことだぞっ?」
「あー、すいません先輩」

 咄嗟に腕を後ろに回してクリアケースを隠すりん。よっぽどの事情があるのだろう、ガサ入れの目的を追求してくる響に気づかれないよう、りんからクリアケースを背中越しに手渡される。あとは厄介払いされるだけで、意味あり気な視線を送る彼女の真意を掴めないまま、手芸部のドアは一方的に閉ざされた。
 一体、なんなのだろう。クリアケースを手にしたまま、ドアの前でポカンとしているとまた背後から声を掛けられる。今日は何かと急な出来事が多い気がした。振り返り、綺麗な亜麻色の髪の毛に柔和な笑顔が映る。
 声の主は雪歩だった。なに? と聞く前に彼女の方から口を開く。

「ごめんなさい。中に入りたいの」

 ああ、と美希は体を横にずらす。「ありがとう」と、横を過ぎる雪歩の笑みは変わらない。チラリとこちらを見る瞳は"なにも訊くな"という感じ。もうそこまで感じ取ってしまっては美希も退散するしかない。気にしてなんかいませんよ、という足取りが出来るようになったのは一体、いつの頃からだろうか。
 廊下の角を曲がる直前、もうドアの前には誰もいなかった。
 おそらく手に持ったままのクリアケースに関することなのだろう。芸能界ではあれだけ競い合っていたのにもうそれぐらい、雪歩と響を繋ぐ糸は細くなっている。雪歩に見つからないようにクリアケースを背中に隠したのも、おそらく正解だろうと美希は思っていた。
 でも、それよりも訊きたいことは別にあった。
 美希は俯いて自分の足を見る。紺のソックスと健康的な太もも。百万ドルの美脚なんて時代遅れの司会者から囃されたのはいつだったか。
 そこに、雪歩の過去が刻まれている。
 通り過ぎる生徒が怪訝な顔でこちらを見ることに気づいて、美希は踵を返した。

 


 りんが話していたことは友美も知っていることだった。ああそれ、と一冊でも重そうな辞典を何冊も抱えながら彼女は答える。資料棟の地下、閉架資料を扱うフロアで二人は話していた。あまりおおっぴらに話す内容でもなかったのだけれど、奇しくも資料の整理を任されていたので「ここに入れたことは内緒にしてね」、という友美の了解の下での内緒話だった。

「美術部がやってる菊地さんとの共同制作が一部、壊されたんだって」

 菊地さん、という言葉で久しぶりに真に会った時の話を思い出す。たまに学校に来ては在校生と仲良くお喋りしている卒業生。美術部のお節介でほとんど製作に関わることがないせいか、当初の彼女の目的を美希はすっかり忘れていた。時折、テレビクルーを引き連れて来ることもあるけれど、それも台本で決められていることをなぞっているだけ。予期せぬラストや感動だって全部、約束事。
 ただ今回の騒動は本当のハプニングらしく、なにより壊されたものがまずかった、と友美は語る。

「我那覇さんの刺繍だけバッサリ。たまに編み物の本を借りに来るけど、恨みを買うような子には見えないけどねえ」

 驚くのもそうだったがなにより、ああだから、という感情の方が強かった。りんの、響を前にしてのどこか切羽詰った表情も合点がいく。
 製作系の文化部全体を巻き込んでの作品、ということで手芸部も当然、そこに加えられていた。ただそこはテレビマンのいやらしいところで響が所属していると聞くや否や、是が非でもということで彼女の作品も加えられることになったらしい。元々、部内でも作品は評価されていたので異議を唱える者はいなかったらしいが、響にインタビューしたいと言い出したところで真は不快感を露にしたという。
 それで今回のことでしょう? と、友美は普通のものよりもずっと背の高い書棚の脇についているボタンを押した。普段から利用しているものと違い、隙間なく並ぶ書棚が自動でスライドし始める。重苦しい音が続き、やっとヒト一人入れるスペースが出来ると、友美は壁にかけてある脚立を背負った。彼女の親友である三浦あずさとは正反対に華奢な印象も、ヒョイヒョイと重そうな書架を運ぶ姿に改めさせられる。

「もう大変だったのよぉ? 話してくれた美術部の子なんてその場で泣き出しちゃうし。私が女の子を泣かせた、なんてねえ」

 そのサッパリとした性格で生徒からの人気も高いことを友美自身は知っているのか。ちらつく雪歩の影を必死に考えないように、美希は友美の作業が終わるまで壁にもたれかかっていた。

 友美の作業が終わり、彼女の手引きでコッソリとフロアを抜け出す。地下だったということも影響しているのか、開放感が思ったよりも心地よかった。後から何食わぬ顔で出てくる友美に礼を言うと、彼女は人差し指を自分の唇に当てる。そのチャーミングな笑顔は自分も出来たら良いな、と美希は思った。
 資料棟から出ようとする美希に、今度は友美の方が呼び止める。しばらくの逡巡の後、友美は最後にこう言った。


 "離れの君"をお願いね。


 アイドル、萩原雪歩は同性愛者なのか。
 清純派アイドル。あの事故から半年、仕事のために枕営業。
 人気女性脚本家、某女性アイドルと同棲か。


 並ぶ雑誌の文言を、春香の方が見ていられなかった。美希も紙面を注視したまま微動だにしない。
 事務所には765プロに関する記事が良かれ悪かれ、全てスクラップされている。クリーンなイメージで売っている事務所なだけに、悪く書かれているものは眉唾物の飛ばし記事が大半であるが、その話題だけはほとんどの芸能誌が一面に飾っているものだった。
 記事は語る。

 アイドル生命も危ぶまれた悪夢の事故から半年、ようやく復調の兆しを見せていた清純派アイドルの萩原雪歩。以前のような激しいダンスは見られなくなったものの、元々儚げなイメージの強い彼女にとって事故は完全なマイナスにはならなかったようだ。
 今も放映されている、芸能界復帰作の今ドラマでは主役の不治の病に侵された少女を熱演。そのひたむきな姿は観る人の心を打ち、高視聴率へと繋がっている。
 しかし、その萩原雪歩にある噂が浮上している。主演ドラマの某人気脚本家の女性と同棲しているのではないか、という話だ。
 萩原雪歩はその女性の買ったマンションに普段から出入りしており、自宅であるマンションには帰っていない模様。丁度、噂が持ち上がった頃はドラマのキャスティングが決まった直後。当人および関係者は否定しているが、このタイミングをどう受け取るか。ドラマを含め、今後に注目したい。

 
「……記事、破れてるの」
「ああ、それ読んだ伊織がすんごい怒ってね。律子さんもいちいち買い直したくないからって。一体、誰に怒ってたんだか」

 休日を利用して事務所に顔を出した美希は、友美に言われた"離れの君"という言葉の意味を探っている。ただ、ほぼ確認作業に近かった。
 学校でクラスの友人に聞くと、すぐに全てを話してくれた。そういえば黒脚についてもその友人から聞いたことを思い出し、その子の前では迂闊なことをしないようにしよう、と心に誓う。以前の律子のようなおさげを楽しそうに揺らしながら、その子は"離れの君"の意味を話し始めた。
 いわく、離れの君は萩原雪歩のことだと言う。
 雪歩が事故に遭い、しばらくの入院の後、退院した彼女の手には松葉杖が握られていた。売れっ子アイドルの割りに学校に来ていた雪歩に助けの手を差し出す生徒はそれはもう多かったという。アイドル生命を失いかねない大怪我から精神的に立ち直れたのも、その友人達の支えもあったのだろう。事務所の友人とは違う友達、雪歩はどういう顔を見せるのだろう。純粋に気になったけれど今は関係のないことだ。
 話は続く。
 芸能界復帰の目処もつき、撮影の為に学校もまた休みがちになった雪歩。寂しいけれど、それが良いと納得していた友人達は笑顔で彼女を送り出すつもりだった。けれど、そのスキャンダルが振出しはおろか、全てを奈落へと突き落とした。
 スキャンダルによってドラマは打ち切り。雪歩は疑惑の全てを抱え込んだまま引退したのだが、もう彼女には戻るべき学校にもその居場所がなかった。足の怪我によって留年が決定していた為、在籍していた茶道部の離れへと足を向けることが自然と多くなるのは仕方のないことだろう。
 同級生だった人間は卒業し、そして雪歩だけが取り残された。彼女はいつもその離れにいる。


 今日もまた離れの君は一人、その黒脚で誰を想うのでしょう。


 本当は転校や中退も考えられたのだけれど学校側の配慮と、なにより本人の意思が雪歩をそこに留まらせた、と春香が最後に付け足した。
 言葉が無かった。俯いたままで何も解決することはないのだけれど、本当に何も知らなかった自分が恥ずかしい。以前なら恥ずかしい、という感情すら浮かばなかったのに。それを人は成長と呼ぶのだろうか。そこまでは分からなかった。
 さてと、と春香が立ち上がる。不幸な出来事であるが容赦なく時間は過ぎていた。まだ俯いたままの人間はいるのだけれど、前を向く人間がいるのも確かだった。何かを思いついたのか、「そうだ」と、両手を打ち合わせると春香は美希を見る。

「私と一緒に行こうか」

 どこに? と返すとニッコリとあの頃の春香が顔を覗かせる。あんまり細かいことは考えられないけど、人を楽しませたい、喜ばせたいっていう想いで溢れていた彼女。それが今も変わらないのは、本当に凄いと思う。
 春香はソファの隅に置いたままの花束を手に取る。事務所に来たときから気になっていたものだ。

「大切な人の、お見舞い」

 春香から差し出される掌を握り返すと、思ったよりも強い力で引っ張り上げられて美希は立ち上がった。


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