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GSSS/おとこのこおんなのこ







 這い回る手のひらの感触に、背中の芯まで冒されるような不快感が駆け巡る。体中がざわついているはずなのに、今すぐにこの場から逃げ出したいはずなのに体が言うことを聞いてくれない。人伝いにしか聞かない御伽噺がまるで現実になってしまったような不自由さを、身をもって理解してしまった。
 頼むから誰か助けてくれ。
 もぞもぞと侵食してくるその手が徐々に下に向かってくるのを感じた途端、とても短い、声にならない悲鳴が喉を鳴らした。


おとこのこおんなのこ


 ぎゃおおおおおおおおおん!
 真昼間から響く悲鳴に冬月律は顔をしかめた。目の前にはミニドレスを着たイトコにして最近、876プロからデビューした秋月涼が目に涙を浮かべて床にペタリと座り込んでいる。可愛らしいフレッシュグリーンのフリルがふんだんに使われているそれはスラリとした脚線美を覗かせる涼にとても似合っていた。しかし、それはけして喜ばしいことではない。
 少なくとも秋月涼には。

「ほ、本気で僕、こんな格好しなきゃいけないの?」
「本気も何も、もう既に一度ステージに立っちまってるからなあ」

 街で見かければ思わず振り返ってしまいたくなる彼女は悲しいかな、"彼"であることが最大のネックであり不幸だった。
 思った以上に似合ってると、律はベソかいている涼を見下ろしながら何度も頷く。もともと、親戚連中から女の子扱いされていた彼のこと、冗談半分で考えたことがここまでハマってしまうとはいやはや。プロデューサーを目指す身としては、まだまだ自分の知り得ぬ世界があることを痛感した。大真面目に。

「あの律兄ちゃん、自分だけ納得してないでさ。さすがにこの格好はマズイような」
「そうか? 似合ってると思うぞ?」
「どこが? そりゃ確かに僕は女の子っぽいかもしれないけど」

 服を引っ張りながら唇を尖らせる涼はそれだけでなんというかその、可愛らしい。自分はそのケは無いと自覚しているはずだけれど、涼が通う学校の男子生徒達の気持ちがなんとなくだけれど分かってしまった。それを口に出せば、それこそ目の前のイトコが発狂してしまう恐れもあるので律はコメントを控えた。
 チラリと、壁に掛けてある時計に視線を移すと、もうそれほど余裕がないことに気づく。「さてと」と、勝手に占領していた、誰かも分からないデスクから腰を上げると、涼が不安げにこちらを見上げてきた。
 もう行くの? なんて涙混じりに訴えてくるのだからコイツは。自分が元凶とは言え、律は頭痛を覚え始めていた。

「仕事任せたまんまにしちゃってるからさ」

 今頃、黙っていれば女性アイドル顔負けの事務員さんが悲鳴をあげていることだろう。それはそれで面白いけれど、流石に自分が勤める会社でそういうことはしたくない。
 しかし、なおも足に縋りつくイトコにほとほと困り果ててしまう。こういう場面を他人に見られたらどうなるか、本当に涼はこういうところに頭が回らない、と心の中で嘆息する。

「イケメンアイドルになりたいんだろ? なら、やり方なんていちいち選ぶなよ。お前はそれが一番の近道だ」
「でも、律兄ちゃんはこういう格好したことないから簡単に言えるけど」
「そりゃな。言うだけならタダだ」
「律兄ちゃんだって人のこと言えないじゃん。よく見れば女の子みたいな顔してるよ? 覚えてるよ? 律兄ちゃんが僕と」
「黙れ殴るぞ帰るからな」

 鬼ー! という女の子みたいな罵声を無視して、律は876事務所を後にした。


 タクシーを使うのもなんだかバカらしかったので、765事務所への帰り道は地下鉄を使うことにした。圏外と表示された携帯電話を閉じると、律は久しぶりに言われた言葉を何度も、頭の中で反芻する。
 律兄ちゃんだって、女の子みたいだよ?
 幼い時分、涼が親戚連中からオモチャにされていたのと同じように、律も少なからずそういう冷やかしを受けていたことを思い出す。涼と二人して女の子の格好をさせられて姉妹の真似事までさせられたのは律にとって忌まわしい記憶でしかない。
 苦い記憶にそのまま顔まで歪んでいたようで、真っ黒い車窓に映る自分の顔は見れたものではなかった。
 目的の駅まであと二駅ほど。普段は電車を使わない時間帯のせいか、意外な人の多さに辟易しながら律は額をドアに押しつける。心地よいかどうかは微妙な電車の揺れに身を任せながら、律は少しの間、目を閉じた。
 それは、目を閉じて他の感覚が鋭敏になっていなければ気づかなかったかもしれない。それくらい軽い感触であったけれど、普段、男が尻を触られるなんてシチュエーションなんて考えたことがなかったせいか、触られていると分かっても現実味がなかった。
 うわ、マジで?
 まず鳥肌が全身を駆け巡り、こういう緊急事態にめっぽう弱い脳みそがあっさりとオーバーフローした。男性アイドルだけれども念には念をということで社長から教えられた対処法を本棚から探そうにもその本棚がドミノ倒しで倒れていく。終いにはカタカタと体が震え始め、そこでやっと律は恐怖という感情を自覚する。
 もしかしたら目の前のガラスに背後の人間が見えるかもしれない。けれど、俯いたままの顔は首に重石を乗っけられたように動いてくれなかった。
 尻を撫でていた手はそろそろと太ももまで下りてくる。男の太ももなんて、スポーツ選手ぐらいしか価値のあるものでしか無かったと思っていたのに。なぜか涼のスラリとした脚を思い出し、頭の中だけは自分の情けない悲鳴で溢れていた。
 結局、なかば押しつけられていたドアが開くことで律は無理やり逃げ出した。走っている途中、先ほどまでそういう目的で触られていた脚が自分のものではないように思えてくる。
 興奮したのだろうか、自分の脚なんて触って。そこまで考えが及んでしまったところで事務所へと駆け込んだ。
 ぶっ壊すんじゃないかってくらいの勢いで事務所の扉を開くと、案の定、社員の視線が一斉に律の方を向いた。真っ青になっている彼の顔を見て心配そうに寄ってくる人間は多かったが、「どうしたの?」と、先ほどまでソファーで惰眠を貪っていた光希が一番に律に話しかける。
 目にも鮮やかな光希の金髪が目の前で揺れている。それだけで咄嗟に錠を掛けておいた心の堤防が一気に決壊していくような心持だった。僅かに涙ぐむ律に、光希は冷やかしもせずに「こっち」と、ソファまで促す。その様子に周囲の人も一応は安心したのか、各自、業務へと戻っていった。


「最初はビックリするよなー」

 光希の言葉に、え? と律は俯いたままの顔を上げた。ようやっとこちらを向いた律に満足げに頷くと、「そりゃねー」と、光希はさもなんでもないように続ける。

「男相手だからってやることにエンリョがないよな。今もたまにいるよ? 金握らせて一晩どうだー、とかさ」

 確かに芸能界でも、実はそういう趣味の人間だったなんてことは珍しくない。誠の話を聞くに相当、酷いのもいるというのは知っていたけれどでも、実際にそういう場に出くわしたこともなければ、巻き込まれたこともなかった。だからといってはなんだけど、律の中ではそれこそテレビの中の話のような非現実的なところがあったのも事実だった。
 絶句、というよりも返す言葉に迷っていると、光希は小鳥が淹れてくれた紅茶に手を伸ばす。

「むしろ、今まで律にそういうのが無かったのがビックリって感じかな」
「え?」
「だってすっごくイジメたくなるじゃん。律のこと」

 ニタリと、律をおちょくる時の笑みを浮かべる光希。本来なら律の小言なり飛んでくるのだけれど、さすがに先ほどのことを思い出したのか、身を縮こませる彼に光希の方が慌てた。「ああその、ごめん」と、らしくない光希の謝罪に、らしくない律はやっと笑顔を浮かべた。どうにも調子が出ないのか、光希はその笑顔に思わず顔を赤らめる。
「ま、次は俺がソイツをぶん殴ってやるからさ」と、そっぽを向くものの、クスクスと笑う律に光希は口を尖らせた。
 落ち着きを取り戻した律は昼休みに行った876プロのことを光希に話した。話題はもちろん、女装アイドルの秋月涼のことになるのだけれど、まだ本調子でないのか、律は致命的なミスをしてしまう。

「え? 女装してアイドル?」
「光希!」

 律の声に何人かがこちらに顔を向けたけれども、売れっ子事務所に止まっている時間は無い。また忙しなくフロアを過ぎていく社員を確認して、光希の口に押しつけた手を離す。おおげさに、プハッ、と息を吐く彼に「絶対に秘密だからな」と律は釘を刺す。はいはい、と噂好きの女子社員よりも軽いんじゃないかって疑いたくなる光希だけれど、もう彼の良心に任せるしかない。
 また肩を落とす律に、光希は「ま、今日のは天罰だな」と笑った。光希なりに気遣っているのだろう、律はもうすっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばした。
 そろそろ仕事に戻ろうかと律がソファから立ち上がろうとしたところで、光希が律の袖を引っ張る。伸びるからやめろ、と何度注意しても直らない癖はもう諦めている。そういえば、さん付けしろって言うのもいつから諦めたのだろう。

「ねえねえ、ひとつお願いして良い?」
「ダメ」
「聞いてからでも良いじゃん。ケチ」
「……なに」

 一応、先ほどのお礼もあった手前、無下に断れない。しかし、それが本日最大の過ちだということを律は身を持って知ることになる。



「へー……けっこう似合うもんだね」

 夕方になって収録から帰ってきた春香は開口一番にそう言った。

「もっと言うことがあるだろう……」

 ワナワナと震える律。しかし、肩口から覗くおさげに怒気まで萎れてしまいそうになる。遠くでは亜央と麻央が違う意味で体を震わせており、いずれ後悔させてやると、律青年は心に固く誓った。
 光希のお願いとやらは女装だった。ちょうど、なぜか小鳥が持っていたカツラと衣装とパッドとメイクによりあっという間に女装は完了。あの時の小鳥の気合には恐怖すら抱いた、とはその様子を目撃した社員の言葉だ。

「さしずめ律子ちゃんってところね! キッチリシッカリ委員長だけど、でも実は一番乙女なの! いけるわー!」

 なにがいけるのか分からないけど、一仕事終えた小鳥はそう言って、この為に全て放り出した業務へと戻っていった。なんでクビにならないんだろうかと、律は本気で考えたけれどきっと答えは出ないのだろう。
 もう恥ずかしくて死にそうだと律はボヤく。おまけにお願いを出した光希はポカンと、冷やかすわけでもなくこちらを見つめたまんま。そんなに変なのだろうか。いちおう、律は光希に近づく。

「どう? これで満足か?」

 心ここにあらず、とはよく言ったもので光希は「あ、うん」なんて中途半端な返事。一思いに笑ってもらった方がよっぽど気が楽だった。

「なんだよ。なんとか言えよ」

 小突くのもどこか気恥ずかしさを覚えてしまい、「ほら」と、やや俯き気味の光希の顔を覗き込んだ。隣で春香が「うわ」と声をあげたけれど、真意は分からない。
 覗きこむと光希は驚いたように思いっきり後ずさった。そこまでそういう反応をされてしまうのもどこか悲しい。少しだけ落ち込んだ顔を見せると、今度は顔を真っ赤にして光希は捲くし立てた。

「いやその、そういう意味じゃなくて思いのほか似合ってたって言うか、そこらの女よりも全然可愛い、じゃなくてあーもー!」

 は? と、今度は律の方がワケが分からなくなる。
 ポン、と彼の肩を叩いた春香は「お幸せに」と言った。

「だからどういうことだよー!」


 なお、後日、その様子を撮影された写真が涼宛に郵送されるのだが、それはまた別のお話。




おわり


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