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おざえりSS/partiality








 本番のステージへと駆けていく絵理の後ろ姿を、いまだ震える体をおさえつけながら見送る。あまりにも大きい賭けに勝った見返りは喜びよりも先に、二度と勘弁願いたいという安堵感だった。スーパースター、星井美希の姿はもう無く、彼女のプロデューサーだけが絵理のステージを観察している。
 その怜悧な瞳はさすが、いくつもの事務所を渡り歩いただけあって鋭い。絵理のステージングよりもそちらに目がいってしまっていた私に気づいたのか、"彼女"はゆっくりと近づいてきた。
 おめでとうございます。
 星井美希のプロデューサー、藪下幸恵Pは先ほどの表情とは打って変わって、柔和な笑顔で手を差し出してきた。
 負けたというのに随分と余裕で。皮肉の一つでも言ってやろうかと思ったが、ここでは自分達が官軍。安っぽい真似はしたくない。
「ありがとうございます。まさか星井美希と戦えるなんて、光栄です」
 プロデューサー同士の握手などという、口約束よりも薄っぺらいそれを滞りなく済ませる。むしろ周囲のスタッフの方が緊張したであろう場面が過ぎると、「面白い子ね」と、藪下Pの方から切り出してきた。視線の先は絵理。本意はどうあれ、自分のアイドルが褒められるのは単純に嬉しかった。
 彼女は絵理の一挙手一投足を逃すまいと集中しているのか、たまに体を傾けてはマジマジとステージを眺めている。その姿はまるで、ただの絵理のファンにも思えた。
「ネットアイドルのクイーン、ELLIEでしょ? どうやって岩屋の外に連れ出したんです?」
「無理矢理引っ張り出した具合です。よく絵理をご存知で」
「それはもう。ウチもスカウトを考えたんですが、どうにもアナログな人が多くて」
 天才、如月千早に匹敵するとまで言われた佐野美心があっさりと引退して、そのプロデューサーであった藪下女史もDNAプロから765プロへと鞍替えしたのは業界では結構な話題となった。

 今や961プロと並ぶ大手芸能事務所に移った彼女の担当アイドルが星井美希だと報じられた瞬間、いったい幾人のプロデューサーが肩を落としたか。その可憐な外見とは裏腹に豪腕とまで称される手腕はあっという間に美希を一流アイドルまで押し上げた。美希のずば抜けた才能あってこそなのだが、あの才能を過不足無く支える実力は健在というわけだ。
 なによりアイドルが好きで好きで仕方ない、という姿勢は私も見習うところであり、尊敬すべきところだ。あーカワイー、と臆面も無く他事務所のアイドルを褒めちぎる藪下Pに、今度は私の方から口を開く。
「いいんですか? 星井美希を放っておいて」
 ああ、と絵理から視線を外さずに返す藪下さん。
 ほんの一瞬、殺気にも似た何かが彼女から感じられて、半歩後ずさる。
「負けて欲しかったので」
 え? と素っ頓狂な声をあげる私など意に介さず、彼女は絵理に夢中なまま続けた。
「あの子って何も考えないまま、ステージにあがるでしょう? 今のランクならともかく、IUとなると話が違ってきますから」
 なるほど。
 絵理と星井美希はお互いにビジュアルを武器にしながらも、その戦略はほとんど正反対と言っても良いアイドル。考えて戦う術を彼女にも、といったところだろう。いわば絵理はそれを気づかせるための踏み台。癪に障るが、こちらはIUにも無条件で出れるほどのアイドルを打ち負かした実績を得た。
 それでもまあ、仕返しくらいはしておこう。つくづく私は大人気ない大人だ。
「ですが、星井美希が考えて、なんて出来るでしょうか? むしろ彼女の魅力を妨げてしまうのでは?」
 勝ってしまえばこちらのもの。スラスラと出てくる文言に、やっと藪下Pがこちらを向いたかと思えば「そうね」とそっけなく返された。どうにも手玉に取られているような感覚を覚え、気持ち悪い。
 絵理のステージも終盤を迎え、それでも視線の熱を緩めようとしない藪下Pは勝者へのご褒美なのか、私の質問に答えた。
「尾崎さんの言うとおり、美希にステージの最中に細かいことを考える能力はないわ。だから、どんな小細工を弄されようがビクともしない腕力を彼女に求めているの」
「腕力、ですか」
「そ。アイドルをこう言うのも変だけど、私は美希に横綱相撲をして貰いたいの。勝つべくして勝つ。伝説のアイドル、日高舞のようにね」
 息を飲む。
 今後、いかなる才能が現れようと比肩しうるアイドルなんて出てこないであろう伝説を彼女は再現しようと言っている。なにより私よりも小柄な体からは、その伝説すら越えんかという気概に溢れていた。
 だからこその豪腕、藪下幸恵なのか。
 言葉を失う私をよそに、ステージでは踊り終えた絵理がチラリと、スタッフに頭を下げながら視線をこちらに送ってくる。慌てて自分を、プロデューサーに戻していく。

「いやぁー、可愛かったわ絵理ちゃん。今度、出来ればサインとか貰えます?」
 振り返った藪下Pは、それこそもう絵理のファンになっていた。サインも何も、こちらに近づいてくる絵理に話しかけることだって出来るのに。いつまでたっても、ブラウン管の外の視線を持っていることもまた、私には勉強になった。
「ああそうそう。一つ、先輩から忠告ね」
 勝利を労い、先に絵理を控え室へと向かわせると、最後に藪下Pが声をかけてくる。これからまた、この人のアイドルと戦わなければならない。その覚悟にはもう少し時間を要するが、身構える私に彼女は最後の最後、爆弾を投げつけてきた。
「アナタは早くお人形遊びをやめないとね。rioraのレイコさん」
 急激に頭が、体が冷えていくのがわかった。この人もまた、やはり私の敵だった。冷める思考の中、私は私の大事な絵理の元へと急いだ。



おわり

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