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おざえりSS/暖かい嘘







暖かい嘘



 クリスマスはアイドル、ひいては芸能人にとって自分を売り込むチャンスの日である。生放送の番組、大手企業が企画した街頭ステージへの出演と、大なり小なり浮き足立つ人たちの目に留まるには格好の一日。まだまだ売り出したばかりのウチの事務所のアイドルも先ほど、渋谷での街頭コンサートを終えたところだ。久しぶりに事務所の新人アイドル3人が勢ぞろいしたステージは、身内の贔屓目ながらも楽しいステージになったと満足している。
 冬の凍えるような寒さも吹き飛ばすほどの元気な歌を聞かせてくれた日高愛。暖かい灯火のような笑顔にパワフルなダンスが印象的だった秋月涼。そして、透き通るような儚さと華麗なステージングで魅せてくれた私のアイドル、水谷絵理。
 ステージを終えると、体を冷やさないうちに事務所へと戻った。備え付けられているシャワーを皆で浴びよう、と愛が言い出して涼が顔を真っ赤にしていたのもさっきまでのこと。なんとか逃げ切った彼女、いや、彼はソファの上で毛布に包まっている。落ち着いたところですぐに寝息を立て始める涼に気づき、なんだかんだで疲れが溜まっていたことを実感した。



 二人で祝おう 神さまのBirthday

 テレビではライバル最大手である765プロのアイドルがそれこそ画面いっぱいに映っている。さすが実力者が揃うだけあって、民放のキー局では必ずと言っていいほど765プロの誰かが番組に華を添えていた。765バブルともいうべきこの状況をどこから崩すべきか。私もそうだけれど、全国のプロデューサーは日々、頭を悩ませるところだ。
 
 特別だよ誰だって主役になれるから

 言ってくれる、と私はデスクに向かいながらも耳に流れてきた曲に思わず歯噛みする。こうして765のアイドル達だけが数多のアイドルの頂点に君臨していることがなにより、その歌詞を否定しているというのに。オーディションで彼女達の才能を見て、一体、どれほどのアイドルが涙を流したか。
 いつの間にかイライラしていた自分を戒めるように、小さくかぶりを振った。いけない。もうあのことは忘れたと、自分の過去は振り返らないと何度言い聞かせてきたのか。内側からにじみ出るシミのように、ジクジクと私のそれは蝕んでくる。
 少し外にでも出て頭を冷やしに行こうか。そう思っていたところでフワリと、体を包む暖かい感触に「はぅっ」と、思わず声をあげてしまった。思いのほかこちらが大きなリアクションをしてしまったせいか、頭の後ろから「ひぅっ」と聞きなれた声が響く。

「絵理?」

 体ごと振り向くとシャワーを浴び終えた絵理が立っていた。バスタオルを肩にかけ、まだ少しばかり濡れている頭に私は手を伸ばす。

「ダメじゃない。まだ濡れてる。風邪でもひいたらどうするの」

 バスタオルを手に取り、ゴシゴシと絵理の頭を拭く。「自分で出来る」と彼女は抵抗したが、そういえば絵理のシャワーはカラスの行水のように早かったことを思い出して手に力を込めた。しばらく宙をかいていた手が動きを止め、その腕がそろそろと私の腰に回っていく。タオルで覆われているので彼女の表情は見えない。
 なあに? と私はわざと意地悪な返事をするだけ。絵理の顔は見えないけれど、それでもタオルを取れば真っ赤な顔が出てくるのは分かっていた。
 彼女のプロデュースをするようになって、彼女から信頼を得るようになると私達二人の関係はやや変化した。外の世界に怖気づくばかりの絵理の背中を押すだけだったのだが、無事に結果を出してきた彼女がことあるごとに甘えるようになってきたのだ。
 最初は些細なことだった。他事務所のアイドルが自分のプロデューサーから頭を撫でられているのを羨ましげに見ていて、私もそれをただ冗談交じりに真似てみただけ。ただ絵理にとってそれは衝撃だったのだろう。気づけばご褒美という名目で彼女の頭を撫でる日が多くなった。

 ぎゅって、して?
 オーディションに勝った彼女が顔を真っ赤にしてそうお願いした時は、私もどういう顔をしていたのか覚えていない。ただ、少しばかり少女を慈しむ男の気持ちが分かったことは確かだった。


 頭を拭き終えると、伏し目がちに絵理は私に抱きついていた。丁度、私の肩のあたりに額が当たるくらいの彼女はなんというか、サイズ的に丁度良い。私もまた彼女を抱きしめ返すと、甘えるように絵理が額をグリグリと押しつけてきた。
 きっと彼女に足りなかったものはこういうものだったのだろう、と私は一人で結論づけている。ずっとあんな暖かさの欠片もない世界に一人でいれば、誰だって人肌恋しくなる。その温もりが私であって、私がそのものが必要なのか、という問題は今は棚上げすることにした。

「どう? 暖かい?」

 私が訊くと、胸の中で絵理は小さく頷く。今夜は聖夜。彼女を支えてくれる男性が現れるのはもう少し先になりそうだ。それまでは代わりであっても、私が絵理のそばにいよう。
 抱き締めたまま時間が過ぎて、二人の熱が十分に混ざり合ったところで絵理の方から体を離した。見上げる目の深さに吸い込まれてしまいそうで、初めてネットの世界で見つけたときの感情がよみがえる。そう、私はこの顔に、瞳に惚れたのだ。
 ボソボソと、こんなに近いのに絵理は聞こえないぐらいの声で囁く。え? と耳を寄せる私に言いよどむ彼女。それでも辛抱強く待っていると、雪が空から降ってくるように、静かに絵理の言葉が私の体に浸透していく。

 尾崎さんは、暖かかった?

 絵理の顔をもう一度見る。その顔はいつものように不安そうで、でも私のことを一心に見つめてくれる瞳が待っていた。
 ……たぶんこの子は、まだ見せていない私の暗い部分を感じ取っているのだろう。相手の機微に疎いからこそ、一生懸命に私の気持ちを汲み取ろうと頑張ってくれる。愛しいと思う。全てを吐露し、絵理の優しさに包まれたいと思う。また彼女を抱き締めて、思いのままにその熱を奪い取ってしまいたい。
 でも、と私はいつもすんでのところで思いとどまる。
 その冷たさはもう私にとって、忘れるべき過去なのだ。けして主役にはなれなかった、絶望に涙した私はもういない。今はこの子を支える為だけの人間。

「ええ。ありがとう」

 一部始終を陰で見ていた涼が愛の声に驚くまで、私は絵理のために暖かい嘘で彼女を包んだ。




おわり

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