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SS再掲/TENGAさん万能説








 たとえば女性の前で男が軽々しく生理の話題をするような、そういうフインキだということは分かってほしかったと涼は思う。
 なんとなくそういうものは会話の端々で感じ取るものだし、歳を経るにつれて追いついてきた知識も相まってそういうものを回避する術も身につけていくもの。ある程度の感性というかセンスというか、そういうものが求められるわけだけれども誰にでも出来ることだと、少し短く感じる膝上のスカートの端を握る涼は考えていた。さて、そういうものって何回、言ったでしょう。
 だから、おもいっきしそういうものが分からなくて、お子様な彼女の前では通用しなかったわけだ、と。

「涼さん! この筒みたいなのなんですか!? なんかオシャレですね! デザインが!」

 そうだね、愛ちゃん。だからちょっと手放そうか。
 女装アイドル、秋月涼の目はどこまでも冷ややかだった。


TENGAさん万能説


 それは無事に絵理ルートも終わって、正式に876プロのお抱えプロデューサーとなった尾崎玲子が人目もはばからず担当アイドルの水谷絵理と仲良くイチャコラ出社してきたときから始まる。
 涼の目の前には綺麗に積まれた書類とかぶりもの。差し出されたファイルには全日本鹿学会と銘打っており、この度、めでたくイメージガールに抜擢された彼女を876プロ社長、石川実は労っていた。
 しかし、彼女の、いや彼の表情は暗い。

「いやですから、なんで鹿なんですか?」
「何度も言っているでしょう? 一度、ホテルで行われたパーティーでそこの会長さんと懇意になったって。ほらっ、ちょうどあなたにも角があるしっ」
「……」

 おそらく今までの人生の中でしたことのない目を社長に向けていると同じ876プロのアイドル、日高愛が事務所へと入ってきた。いつものようにやかましい挨拶でもするのかと思ったけれど、肩に抱えた大きなバッグでヨロヨロと部屋に入ってきたかと思えば、ドスンッと地面に置く。力尽きたのか、そのままその場でへたり込んでしまった。

「う~、重かった~」
「どうしたのよ愛。そんな大荷物。家出?」
「出来るもんならしたいですよ。もぅ」

 ママめ~、と天井を仰ぐ愛に石川と涼は同情する。彼女の母親であり、ライバルアイドルである日高舞の奇行は今に始まったことではない。二人は苦笑交じりに顔を見合わせると、半べその愛に近づく。「なにがあったの?」と、石川がバッグを開くとそこには化粧品やダイエットグッズ、とにかく雑多なもので溢れていた。もう一度、社長と涼は顔を見合わせる。
 話を聞くに、企業が勝手に送ってきた試供品の数々らしい。今なお、屈指のアイドルとして輝く日高舞に使ってもらえればその宣伝効果は計り知れない。だから新製品が出来る度に事務所を始め、日高家に様々なものが送られてくるという。涼自身もそういった経験はないことはないけれど、中には怪しげなダイエットサプリや用途の分からないものまであるから手に負えない。その一部を押しつけられたのだと、愛は涙混じりに訴えた。
 妙な平行線を辿る『鹿会議』は一旦棚上げし、うなだれる愛をソファまでうながして涼と石川はバッグの中を探索する。企業の数だけ商品は存在するのだけれどいやはや、アイドルと同じで一線級にまで上ってくる商品の凄さを再認識してしまうほどの数に圧倒された。自分もやもすれば、このバッグに詰められている商品と同じ、ただ消費されるだけのアイドルだったことを考えると少しだけ、寒気を覚えた。
 しばらくゴソゴソとやっていると、涙も引っ込んだ愛が探索仲間に加わる。さきほどあれだけ機嫌を損ねていたというのに。向日葵を思わせる溌剌とした笑顔に、これはこれで愛の美徳だと涼は完結させた。
 化粧品や大ヒット商品の類似品を漁っていると、隣でピタリと愛がその動きを止める。その目は確かに何か面白そうなものを見つけた目なのだけれど、愛自身も対応に困るのか、なんとも微妙な表情を浮かべていた。

「どうしたの、愛ちゃん?」
「えーと、涼さん。これって何か分かりますか?」

 ピキッと、訊ねられた涼とその様子を隣で眺めていた石川が固まる。赤い円筒状のソレを、愛は手にとってマジマジと観察し始めた。ああ、これだけでも色んな法律に引っかかりそうな云々。出来うる限りのスピードでソレを愛から奪い取ると、涼は後ろ手に隠してしまう。それはそれで逆効果なのだけれどね。石川の心の声は届かず、愛は「え? なんで取っちゃうんですか?」と小首を傾げる。

「えーとその、これは愛ちゃんには必要ないものなんだよ、まだ」

 いや、まだでもないか、いやいや。

「むっ、涼さん。あたしが子供だからって秘密にしないでくださいよっ。その……あたしだって、この前、その、きましたし」

 えー? なんの話ー? 私、男の子だからわかんなーい。
 もうどこか遠くへ飛んでいきたい涼の隣で、石川はプルプルと震えて笑いを堪えていた。
 社長、765プロへ移籍しますよ。


 とにもかくにも、とりあえずとにもかくにもで押し通した涼は事務所の会議室で一人、頭を抱える。目の前にはストライプデザインの憎い典雅なあんちくしょう。クラスの悪友達が冗談で持ってきたこともあったけれど、そういえば僕にはなぜか恥ずかしがって触らせてくれなかったなー、とかなんとか。
 なぜか地味にヘコみ始めていると、会議室の外がバタバタと騒がしくなる。愛や絵理は仕事へ出てしまったし、石川社長は僕にコレを押しつけて部屋で仕事をしているはず。椅子から立ち上がったところで会議室の扉が開き、顔を出した人物に涼は驚いた。

「武田さんっ」

 涼の言葉に「そう、僕だ」と、冷静に聞けばトンチンカンな返しも颯爽とこなし、超敏腕プロデューサーの武田蒼一は部屋に入る。彼とは涼の楽曲提供から何かと親交が増え、武田も涼のことを気に入っているのか、新たな楽曲提供の話も持ち上がっているほどだ。実は今日もその予定で武田を待っていたのだけれど、先ほどのあれやこれやですっかり忘れていた。
 天才の類に入る人間らしく、普段なら涼が彼のマイペースぶりに困惑するのだけれど、先に武田の方が困ったような笑みを浮かべる。そこで涼も、机の上に置いてある禍々しい物体を思い出した。顔も真っ赤にワタワタと慌てる様は女の子そのもので、それもまた武田を困らせた。

「まあ、君も男だ……そういうものに興味を持つことは、けして悪いことではない」

 ぶっちゃけ泣きたかった。よもやこんなコメントを貰う為にアイドルをやってるわけでも、武田と懇意になったわけでもない。
 しかして嗚呼、悲劇かな。こういったものはみっともないほどに言い訳をすればするほど墓穴を掘るわけで。

「いやそのこれはですね、愛ちゃんが持ってきたものでしてけして僕がそういうものの為につかうわけではないわけでしてその」
「僕達は聖人君主ではない。相応の性欲を持つことは、人類の発展においても必要不可欠だ……むしろ、取り繕う君の言葉の是非を問う」

 ああ、なんかそれっぽいこと言ってるけどつまり、『いいわけすんじゃねーよ、つまりそれでシコるんだろ認めろよアン?』ってことだよね。
 ここで大人しくハイの一言を言ってしまえばいいのだけれど、思いのほか、重大な問題へと武田氏の中で昇華されている現在、おいそれと認めてしまうのもそれはそれでまずい気が、と基本的にヘタレな彼のロジックはどこまでも逃げ腰だ。
「君も男だろう?」という武田の言葉に意識を戻す。そう、その一言の重みを君は乗り越えてきたはず。アイドルアルティメイトを間近に控えた現在、この程度の苦境で潰れるようでは到底。そう武田の目は物語っているような気がした。
 彼の視線を受け止め、涼は力強く頷く。そうだ、この程度でへこたれるほど、僕は弱くないはずだ。自分を信じて!
 なんだかんだで、涼もちょっとアレ気な部類なのだろう。涼は典雅なソレを手に取り、武田の心にも届くように言葉に力をこめた。

「はいっ。僕はこれを使います! 目一杯!」
「……よくぞ言った。桜井君。彼はやはり素晴らしい人物だ。そう思わないかい?」
「え?」

 振り向いた先、閉じたばかりのドアの前で桜井夢子は汚物を見る目で彼ら二人を見ていた。




おわり

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