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ひびまこSS/「夜空にピース 中」









夜空にピース 中



 考えた末、響は真との距離を詰めようと努力することにした。それこそ翌日から、まだガーゼで顔を覆ったままの真を見つけるや否や飼い犬のように尻尾を振ってみせる。いきなりの接近に真は戸惑いを見せていたが、自分の名前を呼んでは楽しそうに絡んでくる彼女を無碍にすることはなかなか出来ない。生来的に備わった小動物のような愛嬌も響の立派な武器のひとつだった。
「真っ。一緒にご飯食べに行かないかっ?」
「んー、こんな状態だしなあ」
 そう言ってゼリー飲料を取り出す真。こういったものしか食べられないことは響も分かっているが、事務所で一人さびしく病人食のような食事を取っている彼女はやはり痛々しく感じてしまう。
「大丈夫だって! なんだったら自分が食べやすいようにしてあげるぞ!」
「食べやすいように?」
「ああ! まず自分が噛んでほぐしてやって」
「そんな赤ん坊じゃあるまいし……」
 トントントントン。
 軽快な会話もここまで。響はちらりと、視線を下に向けては笑顔がぎこちなくならないように努める。気まずくならないように。何も知らない無垢な少女のように。
「やっぱイヤか? 自分と昼飯なんて」
「そういうわけじゃないよ」
 トントントントン。
 右足の鳴らすリズムが徐々に速くなっていく。真本人は気づいていないのか、飲み口からあまり品の良くない音を出しながらの食事。怜悧な横顔は動くことがない。最近、なまじ綺麗になってきた分、苛立ちひとつとっても人を怯ませるには十分な迫力が真には備わってきたように思える。
「その、真」
「あら響。こんなとこにいたの」
 なおも食い下がとうろする響をせき止める様に伊織が割って入ってくる。邪魔だといわんばかりの響の視線を一睨みして黙らせると、別の部屋へと彼女を連行。苛立ちを伴った顔はまだ、伊織の方が見慣れていることもあって怯える様なことはなかった。
「アンタねえ。やぶへびって言葉知らないの?」
「ヘビ香なら知ってるぞ」
 だまらっしゃい、と切り捨てると伊織は片方だけ垂らした前髪をかきあげながら続ける。
「確かにアンタの気持ちは分かるわよ。だからって順序ってもんがあるでしょうに」
「伊織みたいにか?」
 ガタン、と音がしたのは自分の背中が思いっきり壁に押し付けられたから。胸倉を掴まれた響は見上げてくる怖い顔の仲間にまっすぐと視線を返す。もうずっと前から無くしてしまった瞳。馬鹿で無鉄砲で、でもどこまでも純粋なかけがいのないものを響はまだ大事に大事に持っていた。
「……もうちょっと考えなさい」
 手を離した伊織の言葉はまるで、自分に言い聞かせているようだった。

/

 翌日になっても真の親知らずの腫れはなかなか引かなかった。痛みもひどいのか、痛み止めをガバガバと飲む彼女に周囲もやはり不安でしょうがない。特に伊織は彼女との距離にも気をつけているのか、注意ひとつにしてもなにか含んだような言い方に響の方がやきもきしてしまう。いくら真の過去が辛いものとはいえ今は今だ。真のような失敗を繰り返さないように。響はまっすぐと空を眺めるように、平行線を描く二人に垂直線を引こうとしていた。だから、響が真と二人でちゃんと話をしたい、と伊織に申し出たのは自然な流れなのかもしれない。
 響の申し出に、事務所の壁に背中をもたれながら伊織は微妙な顔で受け止めた。彼女も昨日の今日で思うところはあるのだろう。響の視線から逃れるように窓の方へと歩いていく。話し合い程度でどうにでもなるならもう既にやっている。そう反論したいのに出来ないのはひとえに自分の弱気が原因だ。ユニットの仲間でもあり、真の辛い時期を同じ事務所仲間として見てきた、いわば戦友。共にしてきた時間が多いからこそ、なかなか切り出せる言葉が見つからないのも正直なところだった。
 梅雨明けを知らせるニュースの言うとおり、カラッと晴れ上がった空は見ているだけでも心地良い。それでも汗ばむ額を必要以上に気にしないよう、伊織は窓を背にして響と相対した。
「頼むよ。真と話をさせてくれ」
 両の手のひらを顔の前で合わせて頭を下げる響に、そうねぇ、と伊織は事務所の窓から外へと視線を移す。ビルが突き刺さる快晴の空はいつでもどこか狭苦しく感じる。特に海外へ行く機会の多い伊織のこと、「狭い空ね」と気もなく呟いていた。こんな狭い空の中では自由に飛びたてず、でも大空へと飛び上がらなければならない。大きな壁にぶつかって羽の折れた鳥、仲間同士で喧嘩して堕ちていった鳥、狭い空に絶望して飛べなくなった鳥。そうやっていろんな鳥を蹴落としながら、置き去りにして届いた頂から見える風景。もうその頃にはきっと、自分も無感動になっていて。未だその頂に指すらかかっていないものの、聡い伊織にはなんとなく分かってしまっていた。開け放たれた窓の枠に肘を乗せると、彼女は一回だけ肩で息をした。
 もうこの話は終わり、とでも言いたげな雰囲気に、そんな一方的な事情など知らない響はもちろん面白くない。
 響は精一杯の勇気を振り絞ると、両手を伸ばして伊織の頬を挟む。驚く彼女の顔を無理やりこちらに向かせて、どういうつもり? と蛸のように口を尖らせる伊織に返した。
「でも空は綺麗だ。どこでも、いつでも」
「……いいからはなしなしゃい」
 いい加減、限界に迫っていた伊織の迫力に手を離すと、今度は伊織の方がお返しとばかりに響の頬を掴んだ。両頬を力の限り引っ張られ、うめき声をあげる響にも構わず伊織は続ける。
「アンタの言いたいこともわかるしやりたいことも分かるけど、昨日言ったようにそんな単純なもんじゃないってことも分かるでしょう? そりゃ真に何も言おうとしない私も悪いわよ。でもねえ、私だって言いたくても言えないことぐらいあんのよ。アイツが今にも潰れそうになっているのを傍目で見ることしか出来なくて、またそうなっちゃうんじゃないかって考えたら臆病にもなるわよだから……!」
 言葉を続ければ続けるほど自分の中で膨れ上がる矛盾に押し潰されそうになる伊織。だから、と何度も繰り返して俯くとぼそりと呟いた。
「だから……お願い。アイツを支えて」
 誕生日を迎えたばかりの15歳の少女にこれ以上、何を望めと言うのか。むしろ目の前の少女にこそ支えが必要なのではないか。色々な言葉や想いが駆け巡り、あまり頭が良くないことを自覚している響はポン、と彼女の頭に手を置く。
 よく一人でここまで頑張ったな。口には出さなかったが、初めて伊織という少女を理解した気がした。

 その日の夜、響は24時間営業のファミレスに真を呼び出した。よもや応じてくれるとは思ってなかったせいか、久しぶりの真のジャージ姿にもドキリとしてしまう。呼び出した手前、ことさら明るく振舞ってみせるのだが、自分自身でツッコミを入れてしまうくらいにぎこちなかった。
 ドリンクバイキングだけ頼んだ真がカプチーノを持って戻ってくる間、響は話を切り出すタイミングを計る。そもそもどうやって切り出すべきか、聞き出すべきか。こういったことに頭が回らないのは分かっている上で、響は考える。ただ、それ以上にグラスを二つ抱えて戻ってきた少女の方が上手だった。
「カプチーノ、準備中でダメだって」
「そっか」
「で……どうしてボクの昔の話を聞きたいの?」
 受け取ろうとしていたウーロン茶のグラスがスルリと手から滑り落ちる。後を追うようにガシャン、とテーブルの上に茶色い染みが広がっていくのを響は呆然と見ることしか出来なかった。見るといっても脳の認識はさきほどの言葉を受け止めるので精一杯で、慌てている真の顔にかえって安堵したことは彼女には秘密にすることにした。

 店員にも手伝ってもらって、落ち着いてテーブルに戻る頃には真から放り投げられた言葉の衝撃はすっかり頭から抜けていた。むしろ、片付けている最中にその言葉の意味を推し量るのに忙しく、何度もおろそかになる手に真から叱られる始末。口を尖らせてソファに座りなおすと、途中で濡らしていたのか、お尻のあたりが冷たいことに気づいた。
「それで、どんな話?」
 盛大に話の腰を折られたことで真は最初から切り出すことにした。もう分かっているくせに、という恨めしげな響の視線を掻い潜るようにグラスに口をつけるけれど、氷の感触しかしないことに眉を潜める。もう一度、席を立とうとするのだけれど「自分な」と、響の話はもう始まっていた。
「真ともっと仲良くしたいんだ」
「もう仲良いじゃん」
「本当にそう思ってるのか?」
 言葉の厳しさとは裏腹に切羽詰った少女の顔が心に痛い。もう必要以上に自分を責めることはしたくないのに、そう変わらない性根というものに真は顔をしかめてみせる。響への牽制という意味ではなく、自分を守るためのようなものだった。それでも怯もうとしない響。馬鹿みたいに純粋でまっすぐな視線は真にとって苛立ちを煽るものでしかない。なにより、その純粋さの類が自分と似通っているのなら尚更だ。
 お願いだから触らないで。
 そうやって耳目を塞いでいる自分を、真は嫌というほど自覚している。馬鹿で臆病で、向こう見ずなくせに後悔ばかりしている自分。
「響の言いたいことは分かったよ。なら、どうしてボクが今のボクか教えてあげる。伊織がどうしてボクに甘いのか」
 呼吸を整えると、真は響を見つめる。上等だ。教えてやろう。ボクの失敗。ボクの後悔。
「話すよ。ボクが前にユニットを組んでて、付き合ってた女の子の話」




つづく


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