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ひびまこSS/「夜空にピース 前」

今回のSSは以下の楽曲を基に書いております。












 親知らずを抜いた真の顔は、それはもう目も当てられないぐらいに腫れていた。「大丈夫か? 真?」と、器用に眉を下げる響が手を伸ばす。何か綿でも含んでいるような右頬は、指先が触れただけでビクリと震えた。
「ああ、ごめん」
 頬を痛そうに抑える真。大丈夫、と笑って見せるが痛々しいことには変わりない。むしろ、無理をしている彼女に響の方が憮然とした表情を浮かべていて、尖らせた口はまっすぐと真の方へ向けられていた。心配してくれてありがとね、と伸ばし始めた髪が揺れて真の顔を撫でる。ここに走ってくるだけでも痛いだろうに、浮かべた満面の笑みとピースサインに響の方が負けてしまう。
 響はしょうがないなぁ、と夜空の下で彼女の真似をしてみせた。


夜空にピース 前


 貸ビルの窓から眺める空に、明日も晴れそうだと響は満足する。そうして頷いていると、窓枠から乗り出し気味の体を急に引っ張られてしまった。思わず尻餅をついた響を見下ろすのは同じ事務所で先輩アイドルの伊織。したたかに腰を打ってしまったことを伊織に訴えようとしても、ジロリと彼女独特の眼力に圧倒されてしまう。
「アンタねえ。レッスンもしないでこんなとこでボンヤリして。せっかくこのスーパーアイドルの伊織様と組めたってのに」
「真だって来てないぞ」
 まだ少し痛む腰を摩りながら、なんとか言い返すと「問答無用!」と腕を掴まれて強制連行。髪型も変えて少しはおしとやかになったのかも、なんて甘い考えは通用せず、愛する動物たちに今生の別れのような悲鳴が響く頃、やっと真がやってきた。伊織は彼女を一瞥すると、「真、おはよう。レッスンあるから準備しといて」と軽い挨拶。もちろん響は面白くない。
「どうして真にはそんな甘いんだよー!?」
「だまらっしゃい! アンタが一番下っ端なんだから! 今日もビシバシしごくから覚悟なさーい!」
「い、イヌ美ぃー!」


 さすが一流アイドルだけあって伊織についていくだけで精一杯だった響はダウン。ダンスでならともかく、ビジュアルレッスンでぶっ倒れるなんて。765プロも甘くないといったところか。冷たい床に突っ伏したままの彼女に、スポーツドリンクを手に持った伊織が隣に腰掛けた。
「その、真はしょうがないのよ」
 頭にスポーツドリンクを乗っけられても、響は何の抵抗もしない。というより腕一本動かすのも億劫、といったところか。今は関節に力を入れたくないのが本音だ。響は首だけ動かして伊織の言葉を咀嚼する。遅刻することが"しょうがない"なのだろうか、いやいや。結局、ん? と、首を傾げてみせる響。
 もとより響の理解力を期待してなかった伊織はフスン、と息を漏らすと、どこから話そうか言葉を選ぶ。その勝気な性格はなにより繊細さを押し隠す為のカーテンでもある。あのね、と伊織は言葉を続けた。
「真は一度、失敗してるのよ。アイドル」
「アイドル?」
 失敗、なんて不穏な言葉にようやく体を持ち上げる響。伊織は半分ほどになったペットボトルのラベルに目を走らせるだけで、特にその中身までは読んでいなかった。
「元々、違うアイドルと二人組のユニットやってたのよ。その時は私はソロでね」
 思わぬ戦友の過去に響はドキリとする。響が961からこちらに移籍したときには、もう真は伊織と組んでいた。そこに自分も引っ張られる形で加わって。その見た目や言動とは裏腹に、時折見せる笑顔の儚さにすごく惹かれたのを思い出した。
「仲が悪かったわけじゃない。アイドルを舐めてたわけじゃない。ただ、頑張っても頑張っても報われないよくある話。そうね……プロデューサーの言葉を借りれば"運がなかった"と言うべきかしら」
 どんなに実力や才能があってもトップアイドルにはなれない。それは961でも765でも変わらずに言われたことだった。ここぞという時を引き寄せる運もまたアイドルには求められる。それは物凄く残酷で、でも悲しいほど本当のことだと響は思っている。だからそういう、"よくある話"にも響は慣れたはずなのだけれど、今回ばかりは心を動かされた。
「ま、私から言わせれば運なんて奪い取ってこそ、かしらね。それに遅刻を許してるわけじゃないのよ? ただちょっと甘いだけ。本番で気ぃ抜いてたら容赦しないから、アンタも気をつけることね」
 髪をかきあげてお決まりのすまし顔も、薄皮一枚めくれば心配性で優しくて臆病な彼女が見えてくる。響は痛む関節に力を込めて立ち上がると、良い事務所だな、と一人ごちた。
 レッスンスタジオに真がやってきて、遅刻が歯医者に寄ってきたから、と分かって響は胸を撫で下ろした。実際、さっきの話を聞いたばかりで気の利いた言葉なんてかけられる自信はない。やっぱり痛いのか、いつもより切れの無い動きの真に伊織は特に何も言おうとしない。労わりの言葉一つも用意しないのはプロフェッショナルだから。961にいた時の自分もやってきたこと。
 ただ、頑張っても頑張っても報われないよくある話。
 すごくすごく悲しい話だな、と響は二人の動きを追いかけた。

/

 どうやら真の歯痛は親知らずが原因らしい。おまけに我慢して放置していたのが祟ったらしく、その翌日には右頬いっぱいに覆われたガーゼ。本人よりもプロデューサーの方が顔を青くしていた。ユニットの中でも女性人気を一手に引き受ける王子様のお顔がそんな。卒倒するファンも出るんじゃないか、と周囲の方が騒がしいのに辟易してしまう。
「大げさねえ。それよりもこの宇宙一可愛いアイドル伊織ちゃんの日々成長する様子の方が大ニュースでしょうに」
「亜美と真美は最近、すごいよな」
 ソファで静かにしている真の周りを衛星のようにクルクル回っては騒いでる双子に響はかえって安心してしまう。あの今にも崩れてしまいそうな笑顔の原因を知ってからというもの、彼女を一人にしてしまうのが不安になる。孤独の寂しさ、怖さを知ってしまっている響らしいとも言えた。ただ、そんな不安もムンズ、と伊織に首根っこを掴まれるまでだ。それはそれとして、と伊織は相変わらずだ。
「真があんな状態だし、私達はカバー出来るまでレッスンね」
 鬼がいる。こっちに気づいてクスクスと笑う双子に恨めしげな視線を送りながら、二人はドアの向こうに消えていった。


 それにしても、と伊織は突っ伏したままの響の腰掛ける。同じように頭の上にスポーツドリンクを乗っけると、今回は頭を振って抵抗するのがちょっと面白かった。響からジロリと睨まれ、話を続ける。
「でも、今回はちょっと重症かもね」
 重症? と、体を起こそうとするものの、力が入らず床に逆戻り。ゴン、と額から良い音がして悶える響に「アンタもね」と肩を落とす伊織。
「本当に痛いんだってば!」
「はいはい」
 適当な返事に頬を膨らませる響。小動物のような彼女に伊織も悪い気はしないのか。クシャクシャと乱暴に頭を撫でる。年上なのに、とぶつくさ文句を垂れる彼女は放っておいて話を戻した。
「真も前の失敗を今も引きずってるのは分かってるから、なるべく前向きでいようって頑張ってんのよ。そんなのバレバレだけど、でも、私は嫌いじゃないわ、そういうの。だからその……だからかしらね、歯痛とは別に元気がないのかしらって」
 今度こそ体を起こすと伊織の隣に座る。こんなに広いスタジオで隅で縮こまっていると、周囲の光景に押し潰されそうになってしまう。期待、プレッシャー、ストレス、重圧。961の時は耐えられたそれらが、765に来てから一人ではすっかり耐えられなくなってしまった。代わりに仲間がいるならどんな時でも大丈夫だと知ったのはここ最近。でも、だから、いつもは伊織の先にいる人間が一人欠けてしまっている今がとても怖い。不安になる。押し潰されそうになる。気づけば伊織の肩を借りていた。
「不安? 怖い?」
 伊織の言葉に頷くと、「私もよ」と言ってまた頭を撫でてくれる。潤む涙腺を悟られないように、響は俯く。
 時間は本当にゆっくり流れる。少しして真がやってきて、練習を再開した。




つづく

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