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女プロデューサー 尾崎玲子 4

性描写がございます








4.堕落


 翌日、尾崎は久しぶりの休日を取った。絵理の収録が控えていたけれど、顔を合わせない日がないと言っていた社長が代わりを務めてくれたという。
 あまりに家に戻る時間が少ないせいか、僅かに埃の膜が包んでいた部屋を一日かけて掃除する。まるで脱皮をするように、尾崎は黙々と家事に専念していた。絵理ほどではないけれど、もともと内向的な面がある彼女にとって穏やかな気分が部屋にも満ちているよう。しかし、昨日から放っておきっぱなしの携帯電話はひっきりなしにテーブルの上から尾崎を呼び続けていた。
 ようやっと携帯に手を伸ばし、着信履歴を確認する。ほとんどドタキャンに近い休日だったせいで、事務所関係者や局の知り合いなど様々な人が慌てたであろう。大体が一流の人間であるからして、尾崎自身がいなくてもどうにかなってしまうけれども、久しぶりに非常識な行動を取ってしまったと少し反省した。
 順々に履歴を眺め、やはり絵理の名前がないことに、尾崎は仕方ないと納得しながらも、僅かに影を落とす。それは自然な感情であるかもしれないが、尾崎は自分をことさらに叱咤した。なにより昨日の今日のことで、絵理に何を期待していたのか。誰にでもある独善的な部分を、尾崎は誰よりも受け入れず嫌っている。
 掃除の時に開け放した窓からは豊洲の人工的な街並みと、お台場の埋め立てられた海の中にやはり埋もれようとする夕日が目に痛い。人の手によって作られた島々を這うように電車が夕日の向こうへと走っていく。オレンジ色に染められた室内と尾崎は、汗ばむ初夏の陽気から逃げるように窓を閉めてシャッターをおろした。遮られても僅かに漏れる陽光が線条となって部屋を切り裂き、尾崎は切断されないような足取りでソファへと体を預ける。
 ちょっとした間隙でも、彼女の脳裏によぎるのは昨日のことだった。少女の求愛。おそらく自分の全てを投げ打ってでもという行為を、体面という安いプライドだけで振りほどいてしまった。なにより怖かったのだと、尾崎はそこに付け加える。性交を一種のステータスと履き違えた愚かな連中を相手にしてきた彼女にとって、絵理のまっすぐで不器用な愛情表現に尾崎はまず怯えてしまった。
 大事なときほど、相手が両手を広げるたびに言い訳をつけては逃げてきたツケ。冷静とは言い難いながらも、尾崎は自己批判を繰り返す。だからといって好転も悪化もしない思考の中、聞き覚えのある着信音で尾崎は意識を室内に戻した。
 着信相手を確認し、通話ボタンに指をかけると『このロン毛ー!』と、部屋中に響くほどの声が響く。相変わらず騒がしい子ね、とは言わないが苦笑したのが聞こえたのか、受話器からそのまま出てきてしまいそうなほどにサイネリアは止まらない。
『イーカゲンにしろデスよマジで! センパイ、また屋上にまで行ったんデスからネ! それをこのマダオはー!』
 マダオ? と尾崎は返すがサイネリアは聞く気がないのか、『トニカクッ!』と独特なイントネーションで尾崎に畳み掛ける。
『何があったか知らないけど、アンタがいなくなることでセンパイがまたいらない心配しなきゃイケナイし、そこらへんもうちょっとプロデューサーなんだからコウリョしろって話デスよ』
「ええ、そうね……本当に」
 サイネリアにとっても天敵である尾崎の消沈振りに毒気を抜かれたのか、むぅ、と渋るサイネリア。もとより誹謗中傷が目的でない分、この気難しい大人をどうすべきか、サイネリアは言葉を選んだ。
『まあその、前みたいな感じじゃないからアタシもそこまで首はツッコまないけど、でも、センパイにはアンタが』
 僅かな間。受話器越しの少女は大きく息を吐くと、少しだけ声を震わせた。
『ヒツヨウなんだから』
 悔しいデスケド。最後にそう付け加えると、あとは決まりきった憎まれ口を叩くだけ。まるで自分を慰めるように、電子の妖精は久々に顔を出した現実から顔を背けるように携帯での会話を終わらせる。会話が終わると尾崎は少し、サイネリアが羨ましくも可哀想にも思った。
 明日、絵理に会って、そして元の関係に戻ろう。埃を落とすために、尾崎はシャワーへと歩いた。

/

 翌日、尾崎は出社すると早速、代役を務めてくれた社長にお礼を述べた。
 久しぶりに楽しかったわ、と笑うものの、その目にはやはり不安の色が纏わりついている。自分が逃げ出したときは絵理以上に苦労をかけてしまった人だ。集団のトップに立つ人間らしく磊落なのはその笑顔だけで、その中身は誰よりも繊細で臆病な人柄なのかもしれない。
 昨日からの報告を聞きながら、尾崎は目だけで絵理の姿を探した。途中、愛と涼を見つけたものの、肝心の人間がいないことに焦れる。
 あまりにあからさまな態度だったせいか、途中で吹き出してしまう社長。その様子なら心配ないようね、と肩を竦める彼女から恥ずかしいお墨付きを貰ってしまう。周囲から微笑ましいとばかりの視線を向けられるが、事態はその周囲が思っているほど、暢気なものではない。絵理さんならレッスンスタジオに、と助け舟を出す涼に笑みを返すと、尾崎は事務所の近くにあるスタジオへと急いだ。
 スタジオは貸切状態で絵理のほかに誰もいなかった。丁度良いとは思うものの、それは絵理も同じかもしれない、と思ってしまうのが怖い。もしももう一度、襲われれば自分は拒みきれるだろうか。連日のように続く半端な性行為は確実に尾崎を追い詰めていた。
 まだ絵理はこちらに気づいていない。壁一面を覆う鏡に向かい、音楽に合わせて複雑なステップを刻む足の裏はいくつものマメが潰れ、剣道経験者のそれと同じように硬い。視線は常にカメラを追える様に忙しなく動き、一瞬の緩みや弛みも見つからない。絵理と尾崎が共に築き上げたもの。夜空を彩る流星よりも短い煌き。刹那の賞賛のために様々なものを犠牲にしてきた。尾崎では届かなかった星の境地。
 なのに、なのに、なのに。
 絵理が尾崎に気づく。すぐにプロデューサーの顔に戻したのだが、絵理は一瞬だけ、その泣きそうな顔を見逃さなかった。
 絵理はステップをやめると、尾崎のほうへ振り返る。戻ってきてくれた尾崎が嬉しくて仕方ない。まるでそう言い出したくて堪らない、といった顔。
「尾崎さん」
 駆け寄り、そのまま尾崎の胸元へ飛び込む。もう何度もそうして来たはずなのに、絵理を抱きとめる瞬間、尾崎の体が強張ったのが絵理には分かった。馬鹿正直でどこまでも純粋な人。ほんの少しだけ絵理もいつかの感傷に浸るが、すぐにまたそれは暗く淀んだものに塗りつぶされていった。
 体を離すと、絵理は尾崎を見上げる。尾崎の好きな顔の角度、上目遣いはもう体が覚えていた。
「尾崎さん、もうどこにも行こうとしないで」
「ええ」
「約束?」
「ええ」
 か弱い少女の言葉に尾崎は小刻みに頷いてみせる。傍から見ればいつもの二人のやり取り。お互いがお互いを補い支えあう、比翼の鳥。ただその片方、絵理の笑顔はもうアイドルのものではなかった。平生の尾崎であればその違和感にも気づいていたのだろうが、そこまでの余裕を今の彼女に求めるのも酷な話であろう。もとより、尾崎が気づこうがなんだろうが絵理には関係がなかった。抱きしめながら、絵理は尾崎の体のラインを確かめるように手を這わす。怪しまれない程度にその腰の細さを、豊かな胸の柔らかさを味わう。
 尾崎さんの匂いだ。尾崎さんの肌だ。尾崎さんの、尾崎さんの。
 ああ、尾崎さんだ。私の尾崎さんだ。
 たった一日、それだけなのに絵理は我慢がきかなかった。
「ちょっ、絵理っ!?」
 胸の谷間に顔を深く埋め込み、手は彼女のスカートの中へと忍び込ませる。突っ込む、という言い方が正しいくらいに荒々しく、尾崎の尻を下着越しに撫で回した。谷間に埋めた顔から舌を伸ばし、乳房の間を舐める。汗のせいか、尾崎の味の中に少し塩気を感じる。
 尾崎の方は予想はしていたもののこんなに早く、苛烈に来るとは思わなかった。汗をかいた体からは覚えこまされた絵理の匂いが強烈に漂い、その中に混じる劣情の臭いがますます尾崎を混乱させる。拒まなければと思うほどに体はちぐはぐに動く。たまらず後ろに倒れこむと、今度こそ絵理が尾崎の上に覆いかぶさってきた。
 悲鳴が出そうになるのを、尾崎は両手で自分の口を塞いで止める。その間も絵理は尾崎の服を乱暴にたくし上げると、指を舌を尾崎の上で躍らせた。ふわふわの胸。すべすべのお腹。スラリとした脚。全てが絵理を楽しませる為だけに存在しているものにすら思えてくる。以前までは尾崎に対して抱えていた感情の中でも曖昧だった部分が、今ははっきりと分かる。
 もっとほしい。尾崎さんの全てがほしい。この人のぜんぶを支配したい。
 尾崎の手がまた絵理の体を押し始める。しかし、絵理も止まらない。体格だけでは計れない情念のようなものが絵理を後押していた。
「や、めなさ、い……絵理ぃっ!」
 なんとか押し返して立ち上がってみせる尾崎。逆に尻餅をつく絵理に、尾崎は上から懸命な顔を形作った。チラリと鏡で垣間見て、はたしてこの表情が正解なのか分からなくなりながらも、絵理を見下ろす。押し返されても拒絶されてもなお、絵理は尾崎を一心に見て離れようとしない。その時になってやっと、絵理がいつもの絵理と違うことに気づき始めた。一昨日の絵理とは違う、言うなれば何か、今までの彼女から何かが欠けてしまったように少女の顔は虚ろで異常なほどの熱心さが張り付いている。
 どうしてしまったの、なんて今更なのだろう。少し開いた股間にはジャージを押し上げるものが見え、まるで尾崎に照準を絞るように尾崎へと向けられていた。おそらくは今の全ての元凶。踏み潰してやりたいと、冗談にもならない殺意めいたものが尾崎の思考を鈍らせる。
 その場に立ち尽くす尾崎に、絵理はゆっくりと立ち上がった。気づいているのか、尾崎は視線で追うだけ。また襲ってしまおうかとも思ったが、そんなまだるっこしいやり方、と思い直してスタジオの端に置いた自分のバッグからあるモノを探す。まだなにかあるのか、と尾崎は気が気でない。
「はい、尾崎さん」
「デジカメ?」
 絵理が差し出してきたのは最近発売されたばかりのデジタルカメラ。絵理がCMに出演して、売り上げも好調だと聞いている。
 いや、そんなことはどうでもいい。思わず仕事のほうへ向かう頭を落ち着かせようとしていると、そこに映し出された画像に戦慄した。
「これ……」
「ねえ尾崎さん。これって、デート?」
 もう記憶にもおぼろげにしか残っていない、タイアップ先のボンボンとのデート写真。よりにもよって絵理が手に持っているカメラの開発先がその企業であることは絵理なりの皮肉なのだろうか。写真もまた、お忍びのデートですと言わんばかりの絶妙な角度で撮影されていた。
 まさか、と呟く尾崎に絵理は首を傾げて本当に楽しそうに微笑む。
「バレたら、終わり?」
 カッと、意識が朦朧になるほど尾崎は激昂した。「絵理ぃ!!」と伸ばした手は絵理の首を捉え、尾崎自身もコントロール出来ないほどの感情が暴れまわる。やめた方が良いと分かっているのに、首から手が離れてくれない。逆に徐々に力が入ることに、体の方が先に拒絶した。首から手が離れると、ヨロヨロとまた後ろに尾崎は倒れこんでしまう。
 立場は一気に逆転した。いや、もともと尾崎が優位に立ったことなどあっただろうか。酸素不足か、青白い顔を浮かべながらも微笑む頭上の少女は続ける。
「これが壊れても、データは他にもある?」
 開いたままの口が僅かに震え始めていた。もう尾崎の目には、目の前の少女が何者かすら分からなくなっている。なによりアイドル生命と天秤にかけるほどのものが存在していることが信じられなかった。尾崎にとって悪夢でしかない日々が不意に蘇り、せり上がる嘔吐感にたまらず手で口を塞ぐ。
 分からない。この子が、もうこの子は絵理じゃないの? 私が人生を掛けて、私が愛した少女ないの?
 絵理、絵理、絵理……。
 その瞬間、尾崎の中で壊れる音がした。アイドルの道を諦めた時すらなんとか壊れずに済んだものがハッキリと、音をたてて壊れたのを確かに尾崎は聞いてしまった。

 ああ、もう。

 尾崎さん? 虚ろな瞳を見開き、天を仰ぐ尾崎の視界に絵理が入り込む。頭上の照明で影を覆われた顔はよく見えなかったが、三日月状に笑う口だけはハッキリと見えた。
 これで、私のもの?
 絵理の言葉に尾崎は僅かに頷く。
 首を動かした拍子に目の端から流れる一筋の涙だけが、尾崎の感情を語っていた。




つづく

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